ブックオフで送料無料要員として買った「殺人ピエロの孤島同窓会」が、思いの外、面白くてサクサクと読み終わる。「このミス」特別奨励賞受賞で、執筆当時作者は12歳の中学生という、周辺情報が派手な作品なのだけど、それに負けずに、というより、そういうことを加味した上で読んで、楽しめた。孤島で大量殺人という設定はありきたりだし、ストーリーは相当なご都合主義だし、気になる箇所はたくさんあるけど、そういうことでは揺らがない力強さがなにより頼もしいしワクワクした。アマゾンの評価は低いけど。
ところできのう観た高木珠里のひとり芝居は圧巻だった。高木珠里という女優が持つポテンシャルを手加減なしで発散して、あまりの純度に胸焼けするようなそんな芝居。ストーリー的には純愛とナンセンス。あるいはナンセンスと純愛。違うように書いているが意味は同じだ。リトルモア地下はロケーションも空間も素敵で好きな劇場。劇場じゃないが。
ヨーロッパ企画は面白いか面白くないかだと面白かったけど、いつものヨーロッパ企画からしたら面白くなかった。新しいことをしようとしてうまく着地できなかった、というよりうまく着地させようとして高くジャンプできなかったようなそんな感じ。好きだけど。
青山でヨーロッパ企画を観て、横浜で買い物をして、原宿で高木珠里を観て、帰る。
いろいろ往復した気がするけど楽しかった。この写真はいい写真だなあ。と思ったら梅佳代さん。
ヨーロッパ企画「ボス・イン・ザ・スカイ」 (青山円形劇場)
作・演出:上田誠
出演:石田剛太、酒井善史、諏訪雅、角田貴志、土佐和成、中川晴樹、永野宗典、西村直子、本多力、山脇唯
高木珠里ひとり芝居「一人オリンピック〜千の仮面をもつ女」 (リトルモア地下)
作・演出:福原充則、ブルースカイ
出演:高木珠里
雨が少しだけ降る中、駒場のアゴラでハイバイを観る。うーむ。とか唸ったり考えたりしながら観る。多重に入り乱れて反復してリミックス的でカオスで、ある意味ハイバイ史上最も演劇的だったのではないかと思ったりした(ハイバイの芝居をすべて観ている訳ではないけれどそう思ったのでそう書く)。ひと言で言うとらしくない。あるいは快快的(岩井さんは快快的な試みを一度ちゃんとやってみたかったんじゃないか)。しかも理解するのにある種の苦労を要する芝居だ。そして同時に、ハイバイ攻めてるなあ。と思った。バランスとか狙い、とかではなくやりたいことを自分の器のなかで昇華させて絶妙の下手さ加減で勝負している。それに攻めているとは言ってもハイバイ一流のサービスはそこここに仕掛けられていたし、最後にはやっぱりハイバイいいな。という清々しい思いで魅入らされていた。あと蛇足ながら、今日のアフターアクトで、上手に座ってアクトを観ながら真剣に笑っていた岩井秀人を観られたので満足。そのあと電車に乗って帰る。雨は止んで初夏の少し蒸し暑い感じ。
舞城王太郎の「煙か土か食い物」と菊地成孔の「スペインの宇宙食」(ともに文庫版)を読了。
ハイバイ「リサイクルショップ『KOBITO』」 (こまばアゴラ劇場)
作・演出:岩井秀人
出演:金子岳憲、永井若葉、坂口辰平、岩井秀人/有川マコト、岩瀬亮、斉藤じゅんこ、小熊ヒデジ
今年は本ばかり読んでいて、去年あれほど観た芝居の回数はめっきりと減る。ぐっと減る。ただ、減らすつもりでいたので予定通り。興味がなくなったのではなくて、単にバランスの問題。解放と抑制。来月はハイバイとヨーロッパ企画と高木珠里を観に行く予定。厳選100%。ハイバイと言えば、このあいだNHKでやっていたショートドラマが良かった。去年の公演作品の再演、というかテレビ化なのだけど、渋谷がテーマなのに全然関係なくてどうするのかなあと思っていたら、最終カットでハチ公(しかもニセモノ)が映ってて笑う。いいぞ、岩井秀人。役者・岩井秀人をHDで観られて満足。快快もあいかわらず快快だった。ところで、装丁がいまいちだと思う1Q84はまだ少し取っておき、ほとぼりが醒めてから読むとして、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を読了。うんうん。やっと読めて満足。
たまにはSFでも。ということで「逆転世界」と「時間衝突」を読む。いわゆるハードSFではないので、論理性よりも飛躍や欺瞞の鋭さ、鮮やかさ重視。300年前に撮られた現在よりもはるかに古びた遺跡の写真から始まる「時間衝突」がなかなか面白かった。考える間を与えられず、次々と事態が展開する勢いの良さに乗せられてすいすい読めた。
赤坂でイキウメを観る。昨年から都合3回目。いままででいちばんシリアスだった気もするし、ちょっと当てがはずれた感じもあるのだけれど、その分、新しい面も見られた気もする。曖昧だけど、曖昧なままの方がいいこともあるということで。よくわからないけど。ただ、なんにせよ、ドライでシュールでちょっと邪悪なところは、イキウメだなあと感じられ、楽しく帰りましたとさ。
イキウメ「関数ドミノ」 (赤坂レッドシアター)
作・演出:前川知大
出演:浜田信也、緒方健児、大久保綾乃、盛隆二、森下創、古河耕史、ともさと衣、窪田道聡、安井順平、岩本幸子
久しぶりに芝居を観たり、横浜で買い物をしたり、辻堂まで出掛けたりした以外は、大体において家でゴロゴロしていましたが、概ねよい連休だったのではないかと思います。あと、漫画とテレビにはあまり縁がなかったのですが、最近何かと縁があります。趣向が変わったというより、プライオリティがほんのちょっと変わっただけで、基本的にはほとんど変わっていないですけど。好きなこともやりたいこともいろいろとあるので、まあぼちぼちと手掛けていければいいなあ、というところであすから仕事もがんばります。
本多劇場でナイロン100℃ 第33回公演を観劇。なぜか本多劇場ではいちばん前かいちばん後ろで見る機会が多いのだけど、今日は真ん中の端っこ。いずれにしても「辺」であることに変わりはない。
今回の公演は、これまでに比べればずっと少人数(でも11人)で、これまでに比べればちょっとだけ短め(でも3時間)だったりする。そういうことと関係するのかもしれないけれど、ここ最近の大作的な傾向からすると、普段着のこぢんまりとした芝居になっていると思う。とくに悪い意味ではなくて、とても馴染みやすくわかりやすい内容。シリアスさとコミカルさがこれまでと違う配合で仕掛けられているような気がした。傑作かと言われるとそうは思わないけれど、いままでのナイロンの中で3時間がいちばん短く感じられた良作だと思う。
それと、植木夏十がどんどんすごくなっていると思う。主役級に配した芝居を観てみたい。
ナイロン100℃「神様とその他の変種」 (本多劇場)
作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演:犬山イヌコ、みのすけ、峯村リエ、大倉孝二、廣川三憲、長田奈麻、藤田秀世、植木夏十/水野美紀、山内圭哉、山崎一
20年ぶりくらいに人生ゲームをする。続けて3回する。さらにもう1回する。こどもは多い方がいい。火災保険はあまり役に立たない。フリーターではかなり厳しい。ホワイトタイガー最強。面白いのでゴールデンウィークは家で遊ぶのがよいと思います。
村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を読了。なぜか読み残していて、折角だから短篇なんかをあらかた片付けてから取りかかろうと、ずっと温存していた最後の長篇に満を持して取り組む。思えば僕にとっては「国境の南、太陽の西」以来の長篇、と思ったけれどこれは村上春樹作品としては中篇のような気がするので、真の長篇としては「海辺のカフカ」以来かな。読む順番が滅茶苦茶だけど、そういうことはもうどうでもいい。少なくとも読書においては遅い人ほど自由なのだ。
最後に読んだことが多分に影響していると思うけど、いちばん良かったかも知れない。気のせいかも知れない。ひとことで言うとイカしている。そんな中で最も気に入ったのは次の一節。
「前よ」と彼女は言った。世界はたしかに進化しているのだ。
ということで、次は「1Q84」ですね。
村上春樹の「蛍・納屋を焼く・その他の短編」を読了。一編めの「螢」を、あれ、これ読んだことあるなあ、もしかして前に読んだのを間違えて買ってしまったのかも、などと不安を感じながら読み進める。何を隠そう、部屋の書棚には「国境の西・太陽の南」と「海辺のカフカ」が2冊ずつある。カフカに至っては上下巻とも2冊ずつだ。ひどい話である。まあそれはともかく、事端の懸念は杞憂だった。北欧の話が好きな人は読んでみるといい。北欧ではなく四谷の話だけれど。「レキシントンの幽霊」に収録されていた「めくらやなぎと、眠る女」はそんなに好きな話ではなかったのだけれど、その元バージョンである「めくらやなぎと眠る女」は、読んでみて少し好きになった。バスのシーンが静かで美しい。「三つのドイツ幻想」は意味がわからなくてなかなかいい。でもいちばん好きなのは「踊る小人」、もしくは「あとがき」。
村上春樹の「神の子どもたちはみな踊る」を読了。あいかわらず読む。ここのところ読んだ短篇集の中では最もふつうというか、読みやすい短篇集で、そのぶん不可解性やもやもや感は少なめ。短篇集を読む傍ら、ちょこちょこと読み進めている「少年カフカ」によると、当時における村上春樹文体の総決算として書かれているようなので、そういうことを念頭におきながら読むと印象深いかも、といいつつ、読んでいるときはそんなことは気にせず読んでいたので、そのうち思い出したら読み直してみたいと思う。「神の子どもたちはみな踊る」「タイランド」「かえるくん、東京を救う」「蜜蜂パイ」がとくに印象に残った。
村上春樹の「TVピープル」を読了。これでもかと村上春樹ばかり読んでいるけれど、そのことにとくに意味はなくて、しいて言えば、仕事の行き帰りの電車の中で読むと片道でおおむね50ページくらい読めて、都合数日で読み終わるのが精神衛生上、悪くなく、それで何となく読んでいる、というのが事実に近い。「我らの時代のフォークロア --高度資本主義前史」「加納クレタ」「眠り」が好き。
村上春樹の「レキシントンの幽霊」を読了。以前、森博嗣が、良い短篇を書くことは良い長篇を書くことよりも数段難しい、というようなことを言っていた。細部は違っていたかも知れないが、ニュアンスとしてはそのようなことを言っていた気がする。勘違いかも知れない。それはともかく、というよりも、そもそも森博嗣を引き合いに出すまでもなく、優れた短篇小説は時として優れた長篇小説を凌駕することがある。あるいは凌駕しないこともある。大抵はそのどちらかである。
この本は良く精錬された短篇集であり、読むともやもやとする。その消化しづらい捕らえどころのないものは、嫌らしいものではなく、心地よくさえある。心の何処かにある、ごろっと静かに沈む何かを感じながら読み終えて、さてそうだね、などとつぶやいてから、夜のご飯のことでも考えてみたりする。「沈黙」「トニー滝谷」「七番目の男」が出色。
村上春樹の「パン屋再襲撃」を読了。85年から86年に掛けての作品なので、僕は小学生の頃か。そう思うと感慨深い気がすると思いきや、そうでもない。でもこの年齢ならオンタイムで読んでいる可能性もあった訳で、20年目の邂逅というか、本というものの寿命の長さを感じる。しみじみとウェットに想うというより、さらさらとドライに思う。
短篇集であり、どの話もつかみ所が無く、具体的な話が積み重なって抽象的な話に昇華して霧散するような、でも残り香が何時までも消えずにとどまっている、そんな小説。「ファミリー・アフェア」がとくに良かった。そのほか、ねじまき鳥クロニクルの元となった「ねじまき鳥と火曜日の女たち」など収録。
前田司郎の「夏の水の半魚人」を読了。これまでの前田小説とはちょっと毛色が異なり、ポジティブ脳天気ダメ人間路線ではなく、もっとずっとアンニュイな印象がある。簡単に言うと、物静かで詩的なイメージ。ついに賞取っちゃうのかなあ、という気もしなくはない。ただ、不可思議な要素が含まれているところは相変わらず。ところで、印象ばかりを重ねてなにも具体的に語っていないのは、こういう作品を僕は咀嚼しづらいからなのだけど、何でもかんでも把握しなくちゃいけないなんてのは疲れるから嫌なのである。読み流すくらいがちょうど気分が良い。
2月に放送されたNHKドラマ「お買い物」をやっと観る。すごく良かった。やっぱり前田司郎いいなあ。派手さはからきし無いのだけど、実にNHKらしいところも含めて、じんわりぐっと来る。隙だらけなところが伏線にならないでそのまま終わるところとかね。
作:前田司郎
出演:久米明、渡辺美佐子、市川実日子、山口美也子、山中聡、志賀廣太郎、宗近晴見、黒田大輔、後藤飛鳥、ふるごおり雅浩
前川知大の「散歩する侵略者」を読了。以前観てとても良かったイキウメ・前川知大の処女小説で、イキウメ作品同様、日常と非日常を行き来しながら、ゆらゆらと切迫感乏しく、でも確実にズレながら深みにはまっていく感覚がある。
物語は縁日の金魚から始まり、タイトルにある通り「侵略者」が現れ、夫婦や家族や、あるいは何かが、少しずつ壊れていく。でも圧倒的な崩壊や終末はなかなか訪れず、あくまで緩やかに壊れていく。そしてやがて訪れたその時に何が壊れ何が残るのか。そういう物語。
森見登美彦の「恋文の技術」を読了。初めに断っておくと、僕は森見登美彦に毒されているので客観的な感想は述べられない。なのでその点を差し引いて読んでいただきたい。というようなことは前にも書いた気がする。
で、とてもオモシロイ。始めから終わりまで徹頭徹尾、阿呆な腐れ大学(院)生が手紙を書いて書いて書きまくる。それ以外のことは一切起こらない。登場人物も数えるほどしか出てこない。そもそも物語は手紙の中でしか展開されない。それなのに鮮やかに浮かび上がる豊かな情景。恋文と言いながら恋文とは言い難い書簡の数々。知略を巡らし墓穴を掘り続ける大いなる無駄の毎日。そして遂には恋文の技術は確立されるのか否か。そういうことを思いながら、手に汗握ってページを繰ることもなく、淡々と読み進めていくその先にあるものははてさて。
読後感もくどすぎず、薄すぎず、ほどほどにちょうど良いところもとても好ましい。そしてなによりも文中に登場する伊吹さんの言動が素晴らしい。この毒にも薬にもならないが故に効能豊かなテキストを、いずれまた読み直したい。
ということで引き続き、前川知大の「散歩する侵略者」を読み始める。